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ここは「ワニワニ学級へようこそ」×「駿煌会」(しゅんこうかい)×上原輝男記念会」の公式ホームページです。
アニメや理数など身近な様々なことをを通して上原輝男先生が探求された人間(心意伝承)について、自由な発想で新たに探求しようとしています。
簡単なお知らせは「駿煌会×上原輝男記念会」ツイッター
https://twitter.com/syunkoukai?lang=ja
運営者 たぬき先生 紹介
おことわり
これまで ぷらら で有料開設していたワニワニ学級のHPですが、ぷららがHPサービスを終了ということなので、こちらのHPと統合しました。
無料HPサイトなので、容量に限りがある関係で、画像などは極力控えなければなりません。
ということでワニワニ学級の大きな特色の一つであった「天体写真」等々のコーナーも含め、ほとんどのコーナーは大幅に割愛せざrをえませんでした。
更新時のひとこと
R8
3月11日
東日本大震災発生から15年。でも決して過去形ではないんですよね・・・・双子地震と呼ばれるものの発生の可能性だってあるし、行方不明の方々も大勢いらっしゃるし、まともな生活を取り戻せていない方々もたくさん。
原発をはじめとしてまだまだ未処理のことだらけ。
原発などは、本当に放射能の危険が去るまでにあと何十年かかるかわかったものではない。
能登をはじめとして大きな地震はその後も続いているし、首都圏直下地震や南海トラフなどの危険も叫ばれています。
なのに世の中は、まるで日本はもう地震などの災害に脅かされないかのような方向でどんどん社会が動いている。その象徴が、電子マネーへのシフトや、何でも感でもスマホなどの電子機器による一極集中の流れです。
「便利だ」「コスト削減」ということなのですが、日本のエネルギー事情をかんがえたら電気がとまっただけで日本は完全に機能不全に陥って瀕死の状態になるわけですよね。
今だってたまにシステムトラブルがちょっとおきただけで物流から何からストップしてしまうことがたびたび起きているのにです。
うちの近所のスーパーでも電子マネーを使っている人達だけが恩恵を受けられる特典などでどんどん電子化を勧めていますが、私が被災したのはまさにこのスーパーでの買い物の時。
セルフレジで会計中に揺れ出して停電となり棚から商品がガシャガシャと堕ち、、すぐ近くの一部天井が崩れ堕ちました。やっと揺れが治まって、とりあえず支払いをしようとおもったら「停電したのでお支払いできません」と言われて厳禁があるのに買えませんでした。
これは大きな経験です。昭和中期の頃だったら厳禁をもっていれば停電でも買い物はできたわけですよね。普通の切符なら買えたし、改札も人がハサミだったので通れました。今は停電したらすべてがストップ。
地震などの災害だけではありませんよね。あの時も製油所などの火災でガソリンが不足して大変でした。(私は運よく震災の数分前にガソリンスタンドで満タンにしていたので、安定供給になるまではもったので、何時間も並んでというのは回避できましたが)
中東情勢がこじれて悪化したら日本にも原油がはいってこなくなる・・・ガソリンがとんでもなく値上がりする・・・なんてもささやかれていますよね。世界でもっとも贅沢三昧をあたりまえとして電気やガスを使った生活をしている我々の社会はいかにもろいものの上にのっかっているのか。
震災がおきようが、国際情勢が悪化しようが、それには目をむけようとしないでのお気楽生活。
心配し過ぎはよくないといいますが、今の日本は政府をはじめとして、あまりにお気楽に電子化とかコンピュータ―での管理だとかに依存しすぎていないでしょうか。
首都圏直下などの地震が起きたらちょっとやそっとでは電気も情報ケーブルもコンピュータ―も復帰しないでしょう。それは東京だけではなく世界中に動脈硬化をもたらすようなものです。
マイナンバーカードもキャッシュカードも使えない世界
よくよく考える必用があると思います。
東北地方の大被害で茨城や千葉は被災地と思われていない傾向がありますが、やはりあちこちで家も塀も崩れていました。道路も線路もボコボコグニャグニャ。
大洗にだって、普通だったら十分に全国ニュースになるレベルの津波がきていたんです。
他の被害と比べたら・・・といわれたらそれまでですが、東北ほどではないにしても、やはり今なお生活に困っている人はいらっしゃるんですよね・・・・

3月4日
半年以上ぶりの更新です。 どのような内容で構成しようかというのがずっと定まらずにいました。
今のところ 天体・鳥・ミクロ等々の画像は、インスタグラムで公開という方向で考えています。ただ、なかなかアカウント取得等々がうまくいかず、中学生に教えてもらいながら悪戦苦闘している最中です。
ここの内容としては本来の趣旨である 教育 ということに関してと考えています。
読者の想定は 児童生徒とか学生とか、教職員も含めた一般の方々と考えています。
従来の小学校勤務・家庭教師等々の経験だけではなく、就労支援施設やフリースクールでの経験も交えながら、具体的に考えていることからの特集をしていければと。
上原輝男先生の学問的な紹介や考察などは、「上原輝男記念会」のサイト、上原先生の発想から日常をふりかえる等々のことは ブログ というようなすみ分けでいきたいと思っています。
近々連載予定は「進級・進学の季節」です。
始まったら 駿煌会×上原輝男記念会 ツイッター の方でお知らせします。
R7 8月6日
今日は広島原爆投下80年の日です。
80年前の朝、広島駅で恩師の上原輝男先生は被爆されました。
原爆体験についてはいろいろば場で伺ったのですが、先生のスタンスとしては、核兵器廃絶 戦争は絶対に二度と起こしてはならない 等々を声高に主張していた、という印象は私にはありません。
戦争を行ってしまう人間の愚かさについては何度も耳にしましたが・・・・。
人間という生きものの愚かさについては嫌というほど目にしたと。
そんな先生が後世にきちんと伝えたいとしたのは、そんな愚かな人間たちではあっても、純粋な魂が確かに存在している、という事実でした。
上原先生が被爆体験をもとに書かれた私小説「忘れ水物語」というのがあります。
その追い書きにそのあたりのことが触れられているのですが、具体的にはその小説の中の「かぼちゃの少女」という章がそれにあたります。現実対応にまみれて愚かなことを繰り返す人間たちの中にあって、そうしたことに汚染されていない魂の存在。そこにかすかな希望があるということでしょうか。
さすがにその章をここに転載することはできません。
ただ、この章の冒頭が上原先生による原爆の惨状を語っている部分になります。
ほんの少しだけ紹介します。
『被爆者たちは、夜明けに死んだ。
生きながらに幽霊と化した、人類最初の変身者たちは、もう泣きもしなかったし、 もう助けをも求めなかった。
ただ黙々と、意志があるのか、ないのか、夢遊病者のように歩いた。もう振り向 く力もないのかと思うと、ゆっくり頭を廻らしたりした。その後ろ姿に共通のこと
は、必ず両手をわざわざ幽霊手にして、両脇あたりにぶらぶらさせていた。
私は後になって思った。あれはやっぱり、人間の最大苦痛の全身的表現にちがい ないと。譬えてみれば、道に転んだ二、三歳の童児が、手離しで泣く一瞬前の姿と
同じであった。
死に直面している人間に、神仏は死の恐怖を与えない。覚悟が定まったからでは ない。現実には、生と死との陥没した谷間に放り込まれた亡者の群れにちがいなか
った。けれども亡者たちは、再び生き返ろうと努力したり、自分から完全な冷たい 死骸となりきらないことにおいて、亡者であった。
亡者は、助けを求めない。』
*旧ワニワニHPに掲載していた 原爆に関しての先生の語録は
上原輝男記念会 リンク集・資料集
に転載しました。是非御覧ください。
4月12日 夕方
昨日、4月11日は恩師である上原輝男先生の没後29年目の命日でした。命日にちなんで寄せられた5つの文章は上原輝男記念会HP(リンク集 資料集)に更新したのですが、その中には私の書いた
「教育・人間関係等々を見つめ直す 「縁」から「結び」へ
〜夫婦(みょうと)・師弟関係 から考える〜 」
も混じっています。
古来日本人の婚姻に関する意識や師弟関係の意識から、学校教育や社会生活全体の人間関係について考えています。
月面画像や鳥の画像もなかなか更新できないうちに随分とたまっています。今日はその中から昨日の文章にちなんで 「夫婦」と思われる スズメ と 鴨 の画像を紹介します。本当に夫婦なのかどうかはわかりませんが(笑)

こちらは3枚組です

目次
(現在すべて工事中です)
リンク集
上原輝男記念会 公式HP
上原輝男記念会 リンク集・資料集
上原輝男記念会ブログ(著書抜粋)
たぬきの館 現代にいきる上原輝男